「俺は、君のためにこそ死にに行く」

4月25日の全国紙夕刊に掲載された東宝映画の全面広告「俺は、君のためにこそ死にに行く」
現職都知事のイシハラシンタローが総指揮・脚本ということで「青春を迂闊に過ごすな、鮮やかに生きろ」と言ってました。
この映画は特攻隊の映画だから、「鮮やか」というのは国のために死ぬということらしいですね。シンタローはミシマユキオみたい、なら、ミシマのように勝手にしたほうがファンタスティック。

「国」とか「政府」とかはアイテムなのであって、そのアイテムのために死ぬというのは完全なる本末転倒ですよ。そんなことは「社会契約説」としてずーっと昔に確立され、それによって全世界がなんとかこれまで発展してきたはずです。このおかげでシンタローも存在できているわけで、シンタローは天に唾しています。

愛するもののために死にたいという気持ちは全く正しい、死ぬかどうかは別にしてね。そういう気持ちに誰でもなることがあります。
でもね、それが単なるアイテムである「国」とか「くに」とかの為?これは巧妙なすり替えです。
真心の悪用だとも思います。

音楽は国境が関係ないから、ミュージシャンはこういうカラクリにだまされませんよ。


おしまい。
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by bbbrothers | 2007-04-25 19:56 | 戦争と平和
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