ゴールデンカップス

先週、ゴールデンカップスの記録映画「ワンモアタイム」を観ました。
前半は、歴代メンバーをはじめ北野武、矢野顕子、萩原健一など様々な人々がゴールデンカップス(以下カップス)へのオマージュを語っています。
後半は貴重なかつての演奏シーンと最近行われた再結成ライブ映像で、2時間あまりたっぷり堪能しました。

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カップスは1966~72年に活動した日本初の「メジャー」なR&Bバンドといわれています。
デイブ平尾が中心で、のちにメジャーとなるミッキー吉野や柳ジョージがいたバンドです。
私は横浜育ちなので地元バンドということで名前はよく知っていましたし、本牧の「ゴールデンカップス」というライブバーの前は何度も通りましたが、カップスの生ライブを聴いたことはありませんでした。しかも私は「長い髪の少女」というヒット歌謡の印象が強くGS(グループサウンズ)アイドルバンドだと思っていました。
しかし映画によると不良集合体だったようです。(気持ちのよくなる葉っぱとかが死ぬほど好き)
12月にドラムのKJ氏が最近の録音を聴かせてくれて、そのBLUES、R&Bスタイルでの渋い歌と熱い演奏に驚き、いまさらながら再認識するきっかけとなりました。
特に、エディ蕃氏の歌声は心に残るいい味です。

カップスと同じ黎明期に活動していたバンドといえば、

①細野晴臣・松本隆らの「エイプリルフール」
・・・・・のちに「はっぴいえんど」「キャラメルママ」「ティンパンアレイ」「シュガーベイブ」という流れとなり大滝詠一、山下達郎、荒井由美などと繋がりました。

②つのだひろ率いる「ジャックス」と「フォーククルセイダーズ」の加藤和彦が生み出したサディスティックミカバンド・・・・・「トランザム」や「スモーキーメディソン」などとも交流、金子マリも
この流れです。

③斉藤ノブや桑名正博らの「バイバイセッションバンド」・・・・・伊東銀次、坂本龍一、上原裕も参加、幅広い人脈を作りだし「一風堂」や「YMO」もこの潮流です。

④「エム」・・・・・のちに「カルメンマキとOZ」を生みました。ハードロック系でした。

⑤いわゆるGSの「タイガース」「スパイダース」など・・・・・PYGに結集後、ロカビリー後のミッキーカーチス等と合流、その後井上尭之バンドに続きます。

⑥竹田和夫の「ブルースクリエーション」・・・・・ロックギター坊から絶大な尊敬を集めました。

⑦寺内タケシの「ブルージーンズ」・・・・この大御所から近田春夫や内田裕也につながります。

そのほかに「モップス」も骨太で素敵なバンドでした。(参考:学研1970音楽大百科 日本のフォークロック)


こうやって眺めると確かにBLUES、R&Bをやっていたバンドはカップスくらいですから、まさに先駆けといえましょう。(多くの人に知られないR&Bバンドは沢山あったと思いますが)

カップスの時代は70年安保の時代でありベトナム戦争の時代でした。
横浜本牧は米軍接収地でフェンスの中のPX(スーパーマーケットの様なもの)のネオンやボウリング場、緑の芝生とアメ車、そういうアメリカンドリームを私は憧れのまなざしで見ていました。
そのフェンスの中から沢山のアメリカ人がベトナムに送られて死んでいきました。
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by bbbrothers | 2005-02-03 22:57 | 音楽の話題
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