「伝説」 会田綱雄

風はつめたく
わたくしたちの小屋は灯をともさぬ

くらやみのなかでわたくしたちは
わたくしたちのちちははの思い出を
くりかえし
くりかえし
わたくしたちのこどもにつたえる
わたくしたちのちちははも
わたくしたちのように
この湖の蟹をとらえ
あの山をこえ
ひとにぎりの米と塩をもちかえり
わたくしたちのために
熱いお粥をたいてくれたのだつた

わたくしたちはやがてまた
わたくしたちのちちははのように
痩せほそつたちいさなからだを
かるく
かるく
湖にすてにゆくだろう
そしてわたくしたちのぬけがらを
蟹はあとかたもなく食いつくすだろう
むかし
わたくしたちのちちははのぬけがらを
あとかたもなく食いつくしたように

それはわたくしたちのねがいである

こどもたちが寝いると
わたくしたちは小屋をぬけだし
湖に舟をうかべる
湖の上はうすらあかく
わたくしたちはふるえながら
やさしく
くるしく
むつびあう



「伝説」
会田綱雄・あいだつなお(1914-1990)

私が二十歳頃に初めて知った作品だが、そのときからずっと私のこころの底に棲みついている。
もし遺伝子というものがイメージの記憶を持っているのだとしたら、この作品はそれと共振するのかもしれない。
岩波ジュニア新書「詩のこころを読む」に収録。
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by bbbrothers | 2005-06-05 10:19 | 芸術の話題
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