タカダワタル的

c0018561_19443950.jpg先日、高田渡氏が亡くなった。

高田渡氏は私にとっても「伝説の男」だった。
たしか高校生の時に「武蔵野タンポポ団」が高校公演に来たのだが、そのときには高田渡氏は来なくて「けーおん」部の「せんぱい」達ががっかりしていた。
(当時のけーおん部長は森山直太郎君の後でサクラを弾いている倉田信雄氏である。)
高田氏は当時、絶大なインパクトをワカモノに与えていたようだ。
そんなこと言われても中学生に毛の生えかかったような私には彼のグレートさが今ひとつ分からず、ただ、タ・カ・ダ・ワ・タ・ルとつぶやくだけだった。
もちろん「自衛隊に入ろう」「自転車に乗って」などのヒット曲(?)が当時の音楽雑誌(ガッツやヤングセンス)に載ってるわけで、メジャーシンガーという観もあったのだが、今のようにビデオがあるわけでもなく彼の動く姿などは到底見られるわけがなかった。
そんな状況で田舎の高校生のなかでは、彼はいつも泥酔していてステージでも寝たりするという偉業のほうが楽曲に先行して伝説化していた。

彼はフォーク歌手と分類されているが、フォークがその後いろいろに分かれていったことをふり返ると彼は日本のブルースシンガーだともいえよう。実際に○○ブルースという曲も沢山歌っている。
彼の描く世界はまさに身の回りのことを素朴に徹して表現していた。
つげ義春と比されるらしいがそれもあたっているように思う。
80年代に日比谷野音の憂歌団ライブに行ったが、ゲストとして登場した彼が満場の「喝采怒号」で迎えられたことを思い出す。

数年前だが、たまたま彼がテレビの番組に出演していて、彼の自宅を紹介していた。
21世紀を迎えても彼の自宅は我々の伝説を裏切ることなく、中央線のガード下っぽい、おんぼろアパートの一室だったように思う。
そのことにはちょっとビックリしたし、さすが高田渡氏だとあらためて感服した。奥さんも登場したが、まさに彼の奥さんという広ーい感じの人だった。
昔から脱力的な不健康そうさが彼の魅力であったが、最近は酒は止めているとのコメントと彼のあごひげの白さに時の経過を感じた。

今週の木曜に追悼コンサートがある。シバ、中川イサトといった歴々も出演するようだ。
それから「タカダワタルテキ」という彼のドキュメント映画が去年完成し、急遽30日からバウスシアターで公開される。
奇しくもRay(レイ・チャールズ)のようである。見に行くつもりだ。
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by bbbrothers | 2005-04-23 19:46 | 音楽の話題
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