登山家?だった ほっぴいこうせい

【恐ろしい遭難事故】
先週、夏山で10人もの人が凍死するという大きな山岳遭難がありました。
あまりの恐ろしさに今も心が凍り付いています。

【山岳コーチのころ】
ワタクシは22歳から10年間、山岳部のコーチをしていました。
関東、中部の2000m級山岳が中心で数十回の山行を経験しましたが、その経験をしても今回の「夏山で凍死」は想定外でした。大雪山の旭・黒岳にも一度だけですが登ったことがあります。
よく考えれば、夏とはいえ高緯度の大雪山系が気温一桁に下がるのは不思議ではないのですが、凍死までは想像が至りません。

【思い出せば・・】
この遭難の話を聞いてコーチ時代のいろいろな出来事を思い出しました。
低体温症で部員が動けなくなったことがありました。八ヶ岳で霧にまかれたのです。霧はとても冷たく、また行く手が分からなくなる恐ろしいものです。
南アルプス荒川岳では豪雨に見舞われて登頂を中止し、部員の無言の抗議を痛いほど受けたことを思い出します。今でも登頂は可能だったと思えたりもするのです。
北岳でビバーク(緊急停滞)し予定日に下山できなくなった(そういう判断をした)ときもギリギリの判断でした。携帯電話は無い時代で山岳電話も持っていなかったからです。
そのほかにも急病や落雷、川の氾濫など、今思えばぞっとすることがいくつかありました。

【商業ツアーの山行】
ワタクシの場合、この山岳パーティーを普段からトレーニングしていたために、部員の一人一人の体力や気力、性格を把握していました。山に入ってもその日その日の体調をチェックするようにしていました。パーティーとして山行を成功させようという事前のお互いの助け合い意識作りもコーチの仕事でした。
これとは違い今回の遭難はツアー会社が主催し募集した山行、つまりお客さんに山を楽しんでもらうもので発生しています。つくづく同行ガイドのおかれた状況の厳しさが身にしみます。
ツアー参加者は高齢者が多く、また一人一人の経験や体力、性格を知るすべもありません。仮に知ったとしても参加を断ることなど出来ないでしょう。遠方から参加している人はすでに疲労が蓄積していたことも考えられますが、だからといってガイドは何も出来ず山に入るしかないのです。
また動機は個人山行なので「形だけ」の登山パーティーです。だからもし参加者のある人が、具合が悪くなったとしても、他の人に迷惑はかけられないと考えギリギリまで無理をしてしまうことでしょう。引き返す、日程やコースを変更する、そういったことが言い出せないし許されない状況だったとおもいます。
ガイドも、とにかく予定時間に下山させねば、多少遅れても日没までに・・・そういう暗黙のプレッシャーが非常に大きかったと思います。参加者には元気な人もいたため結局パーティーがバラバラになってしまいました。
予備日をとってあれば避難小屋に引き返し、体力や天候の回復、また救援を待つことが出来たと思うのです。日延べによって発生する費用は旅行変更保険などで補償できると安心です。

【もう二人の犠牲者】
美瑛岳に入山していた別ツアーで1人の女性が、トムラウシに単独入山した男性も1人凍死しています。稜線で風雨を避けることが出来ないままうずくまり、どんどん体温を失っていったのでしょうか、せめてハイマツやクマザサのような植生があったならもぐりこめたのにと思います。
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by bbbrothers | 2009-07-21 22:03 | その他の話題
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