幸福とはつまり・・・

幸福とは、生活のなかで常に恐れる必要がないことである。

朝、店を持っている人がシャッターを開けるとき、政府軍や反逆軍、あるいは飢えた難民が略奪に来るとは考えもしない。

街を歩く人が周囲を警戒していつもリュックを両腕で抱えている必要がない。

家で眠る者は熟睡することができ、目覚めたとき家が壊され、家具がゴミのように街へ捨てられると心配しなくてもよい。

お店で粉ミルクを買った母親が、粉ミルクが偽物で、赤ん坊が飲んだら死ぬかもしれないなどと考える必要はない。

度の強い安酒を買う老人は、偽酒をつかまされ、その成分によって失明してしまわないかと心配する必要がない。

一人で通学する小学生は自分が誘拐されないように四方に注意を払う必要がない。

川で漁をする人が、網を広げて水に投げ入れるとき、水の中に重金属が含まれ、魚が数年のうち死滅するなどと考える必要はない。

街をふらつく者は、警察らしき人などが近づいてきた途端、自分が逮捕されるのではないかと慌てる必要がない。

逮捕された人が警察署を見て卒倒することはない。弁護士や法律が彼の基本的人権を守ってくれることを知っているからである。

既に投獄されている人は、社会に忘れ去られ、歴史から抹消されることを恐れる必要がない。

役所で用事を済まそうとする一般市民は、侮辱を受ける心配をする必要がない。

冷え冷えとする秋の夜長に本を読む者は、外が突然騒がしくなり、門が叩かれ名前が叫ばれ、大きな災難が降りかかると思い、全ての原稿を燃やす必要はない。

投票にいく人は、政府が票を操作し、大統領が不正をするなどと心配する必要がない。

幸福とは、政治家が暗殺に恐れたりすることもなく、抗議する人が弾圧を恐れたり、金持ちが誘拐を恐れたり、貧しい者が仕事の機会を奪われることを恐れたり、中産階級の者が流血革命を恐れたり、一般市民が指導者の一言で明日戦争がおこるのではないか、と恐れたりする必要がないことである。


この文章は2005年02月11日付「中国時報」(台湾の新聞) の記事で、知人の中国語教師が翻訳教材として使ったものです。
気にいったので転載しました。

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by bbbrothers | 2009-07-02 08:44 | 戦争と平和
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