横浜トリエンナーレ2008

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この連休は現代美術展「横浜トリエンナーレ2008」に行ってきた。トリエンナーレというのは3年に一度開催される美術展のことで、トリは3という意味だ。「横浜トリエンナーレ」はまだ3回目で歴史は浅い。
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今回はメイン会場が3つに分かれていたので自転車で巡った。自転車がなくても歩いていける距離で、港湾施設の風情を味わいながらの移動は楽しい。でもサブ会場のひとつ「三渓園」だけは自転車で40分もかかりさすがに遠かった。チケットが2日券なので全会場を回るのも無理なハナシではない。
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一番広い「新港ピア」会場の建物は今回新たに建設されたそうだが、のっぺりとした多目的展示場っぽくて味もそっけもなかった。
一方「赤レンガ倉庫」はきれいに改修・保存されていてショップやレストランは普段からにぎわっている。展示スペースはタッパが不足ぎみであるが、それを補ってあまりあるほどに建物の佇まいが佳い。
独特なのは「日本郵船海岸通倉庫」会場。使われなくなった古い巨大倉庫をBankArtという地元芸術団体が使っていて、今回はトリエンナーレにスペースを提供したかたちだ。内部空間は広大で錆色の大きな鉄扉が美しい。床の中央から屹立する何本もの太い柱は展示の邪魔ではなく、かえって作品を引き立てる。構内クレーンの痕跡もそれ自体が芸術作品に思える。横浜港の匂いが封印されたこの建物、作品にも息を吹き込んでいるに違いない。
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現代美術の楽しさはインターメディア=絵画、立体、映像、音楽、ダンスなどを複合したりの自由な表現にある。展示場所やディレクターの方針などで制約を受けるだろうが、それでも迸(ほとばし)る表現のアイデアをシャワーのように浴びるのはとても心地よい。
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音声ガイドやスタッフによる作品解説で「あぁ そうなのか」と気付くことも面白い。でも一切説明を受けず自分の五感と印象だけで見て回るのも楽しいものだ。
もともと、作品を「気付い」て「理解」しなければならないわけではないし、すべての作品を楽しめなくてもいい。そもそも100点もの作品を理解しようなんて大仕事で無理だし、そこまで作者に近付かなくてもいい。
ところで新港ピアではこどもスタッフチームによる作品説明ツアーが開催されていたが、これはこどもに嘘をつかせるようなもので良くないと思った。
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だいたい「現代美術」は抽象的だから大概は意味不明だ。それでもなにか直感的に訴えてくる作品があって自分の体内&脳内波長との一致を感じる。後戻りしてもう一度見たくなるような作品がいくつかあるものだ。これまでにも一瞬の出会いなのにずっと心に残っている作品がいくつもある。
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作者の情熱に突き動かされることもあるが、サクサクっとした感じにも強く印象付けられることがあって、自分はなぜこれが好きなんだろうと考えてみたりする。作品を見ることで自分を見ることになっている。
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各作品の感想はキリがないので全体的な印象といえば、今回は内向き、後ろ向きでパワー不足と思った。それが今の世相なのだとすればまさに「現代」美術である。

「赤レンガ倉庫会場」は映像作品が中心。あえて8mm映写機を使い、映像や照度の揺らぎ、リールの回転音などを意識的に利用しようとする作品があったが、若い人にとって新鮮でもワタシからみれば懐古趣味でしかない。また宇野亜喜良、横尾忠則、赤瀬川原平たちが出演している70年代の映像、土方巽のソロダンス「疱瘡譚」の一部(1972)映像をそのまま流ししていたが、最近の「生み出す」ことが出来なくなった「後ろ向き」な状況を皮肉にも表現しているのかもしれない。
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一方、気を吐いていたのは「郵船海岸通倉庫」の作品群、エネルギッシュで観る者に対して挑戦的であった。ただその「気」が原初的なエロチックとグロテスクに収斂しヤケクソ感に満ちあふれていたのも、「現在」我々がそこまで追いつめているという証なのかもしれない。

展示以外にさまざまなパフォーマンスも行われている。11月30日が最終日。
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by bbbrothers | 2008-11-26 23:04 | 芸術の話題
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